武道や格闘技だけでなく、歌や踊りなども含めた身体文化は民族性にとても大きな影響を受けていると思います。広く見れば、書道といった様な文字を書く、あるいは絵を描くものも身体文化に含まれるでしょうね。

土地の気候・気温・食べ物など、それらの全てが、人が生まれてから、いや生まれるよりも前、母親の胎内にいる時から大きな影響を与えている。

それらの環境が全身のホルモンバランスや脳や自律神経などの神経系統にも多大な影響を与えているわけで、そういった自然の力によって与えられた先天性の能力は、他の土地で育った人間には真似が出来ないのだろうと思います。

黒人アスリートのしなやかな動きは、厳寒な気候の中で育った人には努力で身に付くものではない様に思うのです。

僕は空手から武道の修行を始め、途中から並行してキックボクシングを始めてタイ人トレーナーにも教わっていました。それまで会場で生の試合を見てタイ人選手の動きを見て分かっているつもりでいたのですが、間近でムエタイ選手のしなやかな蹴りを見た時にはもう言葉に出来ない程の衝撃を受けました。やっぱりもう何か動きの質が全く違う。

そこのジムでは二人のタイ人トレーナーがおられて毎日指導されていたのですが、先輩の選手達はそのタイ人トレーナーに教わっているからやはりとても上手くて綺麗に蹴っておられます。

しかし、何かが決定的に違うのです。それはその先輩方に聞いても、ご本人がおしゃります。「日本人がタイ人と全く同じ様には蹴れないよ。筋肉の質、柔らかさが違う。だから俺達はタイ人のいい所は学ばなきゃダメだけど、猿真似してちゃダメなんだよ。タイ人には絶対になれないもん」。

雑誌に載る様な有名選手達がやはり皆、そうおっしゃいます。確かに何かが違う。ほぼ同じ、形はそっくりなのに、しかし決定的に何かが違うのです。

その後、ボクシングも学ぶ様になりそこでも同じ様な事を経験しました。後に世界チャンピオンも出した名門ジムだったので、外国人選手が出稽古でスパーリングをしに来たりもしていました。後、なぜか(?)そのジムの所属選手にタイ人ボクサーの先輩(タイ人選手なので、勿論 昔はムエタイ選手)もいた為、タイ人のボクシングも間近で見ていました。彼らはやっぱり動きが違う。技術の上手さなら日本ランカーや日本チャンピオンの先輩だってめちゃくちゃ上手いのですが、「動きの質」が全く違うんですよね。

だからその人達の方がボクシングの技術では上なんですけど、その所属タイ人ボクサーの人のシャドーやマスボクシング、スパーリングになるとランカーの人達がリングのそばに寄ってきて凝視しておられました。

そういう経験があったので、同じ努力をするにもその民族の、もっと言うなら、自分の体質・体格(骨格のバランス)を考えた努力をしないとダメなんだな、という事に気付きました。

そして、何より強くなるためには、自律神経の働きを活かす必要があることにも気付きました。アウターマッスルは自分の意志で動かせます。

しかし、インナーマッスルは自分の意思で動かせる部分もあるけれど、反射的に、本能的に動いてしまう部分が大きい。これは自分の意思とは関係ない所で動くため、コントロールが非常に難しい。

後にフィジカルトレーナーになって、色々と研究する中で、格闘技的、あるいは競技的な動きの中で、これらの神経系コントロールを磨くのは非常に難しい、というより凡人にはほぼ不可能であり、昔の武道的な稽古、あるいは現代的な物で代用するならコアトレーニングやバランストレーニングなど神経系統のみに刺激を入れるトレーニングでないと磨けないものなのだと考える様になりました。

自律神経は住んでいる場所に大きな影響を受けます。

南米やアフリカ、東南アジアなど南の暖かい地域で生まれ育った人は、常に温暖な気候の中で生活しており、副交感神経が優位になっているから基本的に全身がリラックスしています。

気候が温暖だと代謝をあまり上げなくてもいいし、魚やフルーツなどの食料も豊富です。もちろん国にもよりますが、あくせく働かなくても生きていきやすい土地。

こういった環境の中では、基本的にはリラックスしている人間が育つと思います。

逆に、寒い北部の国の人は、寒さで常に緊張状態の時期が多く、交感神経が優位になります。そして、その寒さに抵抗する為には代謝をどんどん上げる必要があるのでエネルギーが必要となります。厳寒の中では人体は少しでも熱を出さない様に緊張しているから、リラックスなどしていられなくなる。生きていく為には、食料の確保だって大変だから、釣りや狩りだって暖かい国の人と比べたら必死でやらなければなりません。景色をボーっと見ながら、のんびりと釣りをする、といった感覚にはならないと思います。

これだけの差があれば、体質から性格まで、大きな違いが出てくるのは当たり前だと思います。狭い日本の中であっても、北海道で生まれ育った人と、南九州や沖縄で生まれ育った人とではやはり体のリラックスしている感覚や自律神経の働き方には大きな差があると思います。

実際に、同じ競技の中でも、国や民族によって全然違う動きをしていますよね。僕は武道や格闘技にかたよっていますが、空手やボクシングでもロシアの人は何とも言えない「硬い」動きをしています。黒人選手やメキシカン、タイ人などとは全く異質の動き。でもめちゃくちゃ強いんですよね。「硬い」から強いっていう感じ。自らの筋肉や動きの「硬さ」を武器にしているという感じがします。

黒人や南米、タイ人なんかは勿論、真逆で、柔らかくしなやかな動き。全身がしなるような感じです。よく言われますが、トラやピューマとかいったネコ系の動物の様なしなやかな動き。

じゃあ、日本人はどうしたらいいのか?そのどちらでもない、四季のある、暑い季節も寒い季節もあるという中途半端な気候。多分、それはそれで「どっちでもない良さ」、いわば「暑さにも寒さにも偏っていない良さ」を活かす、磨くしかないのだろうと思います。

そしてそれは中国武術もそうですが、東アジアの土地・民族に合った修行方法、古人の叡智が込められたもの、それが「型」であり、そこから抽出された「基本」なのだと思います。

不思議なのですが、欧米やアフリカ、東南アジアなどの国には、中国や日本の舞踊・武術・武道の様な、いわゆる「型にはまった”型”」は存在しない様に思うのです。

ハワイやスペインのダンスって、日本と比べると遙かに自由な感じがします。勿論ある程度の基本動作はあるんでしょうけど、日本や中国ほど「型が決まっていない」というか、堅苦しくない、フリー、って感じがします。

多分、彼らは体も心、神経系統全てが柔軟で、それで十分なんだろうと思います。ムエタイだってそんな感じです。日本の武道とかと比べると、「型」で動きを覚えるのではなく、凄く感覚的な感じがします。

寒さのある気候の中で育った、「硬さ」を持つ東アジア民族。といってロシアほど、その固さが武器にならない、何とも微妙な、中途半端な硬さ・・・。

それを克服するために生まれたのが、「型」であり、型から抽出された「基本」なのかもしれません。

実際に、格闘競技で行き詰まった選手に、「基本」、それはジャブやワンツーなどの格闘競技の基本ではなく、武道的な基本、三戦立ちでの正拳突きや受け、手刀などをその意味を教えた上で指導すると、競技の中での動きが違えるほど変わります。

教えているこちらがビックリする程なのですが、何かその民族や土地に合った動きのエッセンスが含まれているものが、「基本」や「型」なのだろうなと思っています。

僕には分からないですが、恐らくそれは限らないもので、歌や踊りの世界でも同じ様なエッセンスがあるのだろうと考えています。

食べ物、健康法の世界でも、「地産地消(※)」という言葉があります。「一物全体(魚なら魚一匹で完璧なバランスを保っている。だからなるべく食べ物は丸ごと食べるのが好ましい、という考え方)」という言葉があります。

こういう先人の智恵というものは、やはり大事な何かを伝えてくれている様に思うのです。勿論、新しい物にも素晴らしいものは沢山あるので、古いものは何が何でも価値があると言いたい訳ではありません。

しかし、こういった智恵を深く理解する事なく、「古いものだから」というだけでそれらをバカにしたり、否定しがちな現代人は、古の人々の深い智恵を理解しようという想いと感謝の気持ちは忘れてはならないんじゃないかな、と思います。

※正しくは「身土不二」のことを言っていますが、最近は地産地消との区別が曖昧化しているそうで、一般的によく知られる言葉を用いています。

投稿者プロフィール

岡本
岡本マーシャルアーツアカデミー代表・空手クラス担当
東京の大手フルコンタクト空手の道場で長年修行。
空手修行の一環としてボクシングやキックボクシングも学び、プロライセンス取得・試合も経験。
道場での指導の傍ら、ボクシングトレーナー、フィジカルトレーナーとしても活動しています。
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