先日、ブラジリアン柔術の試合に出てきました。

 
 
 
 
 
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オカポンさん(@na.okapon)がシェアした投稿

一日にワンマッチ二試合出来る大会なのですが、今回は二試合して、残念ながら二敗でした。一昨年の同じ試合では「一敗一引き分け」、昨年は「一勝一敗」だったので、今年は二勝やな!と内心思っていたのですが、そうそう上手くは行きませんね・・・。

やはり勝負は厳しいな、と思います。勝てそうかな、と一瞬思える場面でも、相手だってそうそう譲ってくれませんもんね。でも、お互いの意地と意地がぶつかり合う場面というのは、そのヒリヒリした緊張感がたまらなく面白くもあるんですよね。

技術的な面では色々と課題だらけで、それをこれからの稽古に活かしていきたいですが、自分としては単なる結果ではなく、試合に出る事そのものに意味がある、と思っています。

試合に出る事の意味、あるいは目的というのは、人それぞれであり、技術や体力面での課題を見付ける、というのも大事な目的であるし、これから上を目指す若い選手なら、「勝つために出る、上へ到達するためのキャリアを積むために出る」というのが正しい考えだろうと思います。

自分の場合は、心を磨くため、そしてそのために必要な「現在の、在りのままの自分の姿を見詰めるため」だと思っています。

「自分を言い訳できない場に晒す」というか、「在りのままの、素の自分というものが晒される」、という場は現代においてはとても貴重で、試合というのはその貴重な経験が出来るとても在り難い場だな思うのです。言葉で誤魔化しが効かない、結果が全ての世界なので。

僕は、技術や体力の強さを誇るよりも、心が強く美しい人間で在りたい。
その心を磨くために大切なのが、自分の本当の姿、内面が晒される場に出ること。
そういう場に立って、今現在の在りのままの自分、弱く醜い自分を見詰められること。

それが心の強さの土台を作ってくれるのだと考えています。

そういう場に、怖れる事なく出られる自分で在りたい。
少なくとも、そういう場に出る事を怖れ、色々な言い訳をして出ない人間にはなりたくないなと思っています。

それを怖れる気持ちが自然と無くなってきた時、それは心がほんの少し強くなった時だと思うのですが、そうなった時は少しだけ自然体に近づけた時なんだろうと思うのです。

最近、何となく少しだけですが、そんな領域に近付いた様な気もするのですが、油断するとまたすぐに弱い自分が復活してくる(笑)ので、気を引き締めて魂を磨いていきたいなと思います。

好きなジャンルで、こうやって挑戦出来るのって、本当はとんでもなく幸せな事なんですよね、この地球上には戦争や紛争、飢餓に苦しんでいる人が大勢いるのに。

自分が在り得ないほど幸せな事への感謝を忘れないようにしたいと思います。

投稿者プロフィール

岡本マーシャルアーツアカデミー代表・空手クラス担当
東京の大手フルコンタクト空手の道場で長年修行。
空手修行の一環としてボクシングやキックボクシングも学び、プロライセンス取得・試合も経験。
道場での指導の傍ら、ボクシングトレーナー、フィジカルトレーナーとしても活動しています。
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