自分の持つ力を全て出し切ってくれてはりました。本当にいい試合でした。普段から接している選手が精一杯頑張る姿というものは、何度見ても胸を打つものですね。

人が自分自身を成長させようとする瞬間は本当に感動します。

おじさん空手家やちびっ子空手家の頑張る姿にも本当に心打たれるものがありました。

明日も仕事があるだろうに、必死で殴り合い蹴り合う壮年部の二人の選手。本戦、延長、再延長と続いてもう体が動かないだろうに、もう一歩、もう一歩と前へ出る。
休みの日に、わざわざをお金を払って痛い目に合う為に来る。分からない人には、全く理解出来ない姿でしょうね。
マラソンとかならまだしも(僕の場合はマラソンの方がイヤですけど、笑)、ドツキ合いなんて何が楽しいんだって感じでしょうね。

小学校低学年の子供達、女の子同士のガチンコのドツキ合いも気持ちの強さが凄かったですね、。何試合か、選手をやってた僕から見ても本当に凄まじい位の激しいドツキ合いをしている試合がありました。

本当に諦めないんですよね。試合を投げない。
見ていて、自分が必死で空手やボクシングの試合に出てた頃に感じていた気持ちを思い出しました。
絶体に痛いし、苦しいはずなんですよね。ああいう時に、一瞬弱い自分が出て来たりする。「もう諦めたらラクになるぞ」っていう気持ちが浮かんで来たりする。

でも、低学年の子でも諦めないし、勝負を投げない。おじさん空手家も投げ出さない。人間にとって大切なものは、そういう投げない、諦めない気持ちなんだと改めて学ばせて貰いました。

ああいった苦しい中から、人は何を得ようとしているんでしょうね。

今は何かと、苦しい事を避け、それを正当化して、「楽しいからこそ学べるんだ」とか言う。確かにそれも半分真理。

だけど、やっぱりそれは半分だけの真理。
もう半分、苦しくてたまらない事を乗り越える、その瞬間に掴める大切なものや喜びを理解出来ない人は、やっぱり軽い人間やと僕は思うんですよね。

そういう考えを今は、「古い、時代遅れ」というのかもしれないけど、僕はその古い、時代遅れの感覚を残していきたいし、少しでも伝えていきたい。

それを今回の試合で、今持っている精一杯の力を出し切る空手家の姿を見ていて、改めて感じました。

そんな事を考えていると、やっぱり頭の中には河島英五さんの「時代遅れ」が流れてきましたね😚

やっぱり僕は阿久悠さんの書いた歌詞通りの「”時代遅れ”の男でありたい」って思った話でした(笑)

追記

書いた後もずっと考えてて、思ったこと。

人は「今の自分、つまりもう一人の弱い自分」に打ち勝とうと必死で闘っている姿が一番美しいんやと思う。

多分、おじさん空手家や小学校低学年の子達の姿に心打たれるのは、今まさに その弱い自分に打ち勝とうする魂の叫びを感じているからなんやと思います。

その美しさとは、今の自分を晒しきっている姿、カッコをつけていないカッコ良さ、と言えるんかな。

昨日、彼ら彼女らの頑張る姿を見ていて、ああいうシーンを見ると必ず、鼻がツーンと来て目がウルウルするけど、この感動の本当の理由、正体は何で何なんやろうな?って気になって気になってず~っと考えてたので。

自分なりの答えが出てスッキリしました~😚

投稿者プロフィール

岡本マーシャルアーツアカデミー代表・空手クラス担当
東京の大手フルコンタクト空手の道場で長年修行。
空手修行の一環としてボクシングやキックボクシングも学び、プロライセンス取得・試合も経験。
道場での指導の傍ら、ボクシングトレーナー、フィジカルトレーナーとしても活動しています。
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